ヒ素、青酸カリ。
なんとも事件のにおいのするこれらは、推理小説界に輝ける「毒のスター」です。
そして、日本の古典における毒の千両役者と言えば。
そう、「トリカブト」ですね。
太郎冠者&次郎冠者コンビによる「あおげあおげ」「あおぐぞあおぐぞ」が有名な狂言「附子」でお馴染みの、あのトリカブトです。
あまりにお馴染みすぎて、うっかりするとドラクエの「どくのいき」のような、夢の世界の毒かしらと勘違いしそうですが、そんなことはありません。
トリカブトは現実に存在します。
しかも、思わぬルートであなたの食卓へお届けされちゃう可能性もあるのです。
今回は、こやす珠世作の漫画『病室で念仏を唱えないでください』を参考に、意外と身近なトリカブトのリスクについて学んでいきましょう。
テキストは『病室で念仏を唱えないでください』
漫画『病室で念仏を唱えないでください』は、2012年8月から小学館「ビッグコミック増刊号」に連載。
また、TVドラマ化もされており、2020年1月からTBS系列で放送中です。
「病室で念仏」とあるとおり、主人公・松本照円は医師であり僧侶。
医師と平行して病院付き僧侶である「僧医」(チャプレン)として、あおば台病院の救急センターに勤務しています。
僧侶の装束で手術室や病室に現れ、患者を驚かせることもしばしば。
ちなみに、リアル僧医としては田中善紹さんや田中雅博さん、対本宗訓さんが知られています。
また、医師から僧侶に転身した斉藤大法さんという方もいらっしゃいます。
さて。
今回、テキストにするのは、第一巻収録の第三話「蒔いた種」。
照円が礼拝室で仕事をしていると、クラークの小山内さんが相談にやってきます。
実は、先日から無言電話や「死ね」と書いたメモなどの脅迫を受けており、告白を断った男性から恨まれているかもしれないと・・・
聞き終わった照円ができる限り協力すると伝えると、小山内さんは少し落ち着いたようで、手作りのお菓子を置いて持ち場へ戻っていったのでした。
さっそく、救急センターのスタッフに事情聴取する照円。
すると、怪しい人物が何となく浮かび上がってきます。
そんなさなか、小山内さんを含む休憩中だったコメディカルスタッフ三人が倒れたとの連絡が入ります。
駆けつけるも、ろれつが回らず、聞き取りはできない状態。
主訴は、吐き気、嘔吐、痺れ、腹痛。
発見されたときには四肢に力が入らず、歩けない状態でした。
これらの症状から、はじめに疑われたのは集団食中毒でした。
しかし、処置室に移動してから新たに確認できたのは以下。
・神経学的所見(意識・精神状態、言語、利き手、脳神経、運動系)に異常
・胸痛
・不整脈
・・・これは、食中毒ではない。
ここで疑われ出したのが「トリカブト」でした。
照円の同僚・三宅はトリカブトとニリンソウの誤食の例を見ており、「原因不明の不整脈はトリカブトを疑え」と教わっていたのです。
目撃者によると、休憩中、三人が食べていた食事は別でしたが、お茶は同じもの。
しかも、そのお茶は小山内さんを脅迫しているかもしれない人物が小山内さんに贈ったティーバッグで淹れたお茶というではありませんか!
そこで、故意にトリカブトをティーバッグへ混入させたのでは?という疑惑が持ち上がります。
しかし、トリカブトはティーバッグからは発見されませんでした。
こんなところにトリカブト!
種明かしです。
今回、トリカブトが含まれていたのは「はちみつ」でした。
小山内さん手作りのお菓子を三人で食べていたのですが、お菓子に使われていたはちみつにトリカブトが含まれていたのです。
なんでまた、はちみつに!?
というわけで、まずはトリカブトとその毒性について説明しておきます。
トリカブトは、日本国内に33種が自生。
世界中には約300種が存在するとされ、その多くは多年草です。
本州中部以北の平地から高山の、やや日陰で湿った場所を好み自生。
開花時期は8~11月で、8~9月に最盛期を迎えます。
トリカブトの主な毒成分はアコニチン系アルカロイド。
細胞の活動を停止させる麻痺作用があり、心室細動・心停止からの心臓麻痺、嘔吐、呼吸困難、臓器不全などの症状により数十秒~6時間以内にdeathという猛毒です。
人間の致死量はアコニチン2~6mg。
アコニチンには解毒剤や特効薬が存在しません。
作用を抑制する化合物も存在しますが、それはフグ毒として有名なテトロドトキシンだったりして、トリカブトで死ぬかフグで死ぬかの二択という袋小路っぷり。
万が一、摂取してしまった場合は催吐や胃洗浄で何とかするしかないのdeath。
ミツバチがトリカブトを運ぶ!?
で、トリカブトの猛毒入りのはちみつがどうやってできるのかと言うと・・・
トリカブトの超猛毒は、トリカブト全体(根、葉、茎、花、蜜、種)に含まれています。
蜜や花粉にも毒が含まれているわけですが、このトリカブトの蜜をミツバチが採蜜するんです。
ミツバチは神経構造が人間とは異なるため、トリカブトの蜜を集めても全然平気。
猛毒無問題のミツバチさんがせっせとトリカブトから蜜を集めることによって、人間様に猛毒のトリカブト入りはちみつが提供されてしまうわけです。
こんな危険なことが起きないよう、養蜂家はトリカブトの開花時期を避け、春から夏にかけてミツバチに採蜜させるようにしているそうです。
小山内さんがお菓子づくりに使ったはちみつは、小山内さんのお父様が趣味で始めた養蜂で収穫されたものでした。
天然はちみつや個人で生産しているはちみつには、しばしばこういったリスクがあるということです。
トリカブトのほかに、一部のツバキ、レンゲツツジ、アセビ、チョウセンアサガオ、シャクナゲなども危険。
ソバの花の蜜によってアレルギーが引き起こされる可能性もあります。
気になる方は、百花蜜を避けることでリスク軽減になるでしょう。
まとめ
山菜採りでも、トリカブトに注意が必要です。
三宅の経験どおり、ニリンソウ、他にもモミジガサと間違えて食べてしまい、中毒を起こす事故が多く発生しています。
このように、意外なルートでトリカブトはじめとする自然界の猛毒があなたの食卓にやってくる可能性があるのです。
しかも、自然の営みのなかで当たり前のように紛れ込んでくるから気づきにくい・・・
だから、推理小説のトリックにぴったりなんですよね。
ところで。
シャーロック・ホームズの作者であるコナン・ドイルも養蜂家でしたが、まさか・・・
いや、これ以上考えるのはやめておきましょう。
サバイバルポイント
毒物による保険金殺人も気分がいいものではありませんが、
犬が毒殺されるニュースはもう見たくないですね。
飼い主のみなさん、愛犬の拾い食いにご注意を。