日本は絶望しやすい国のようです。
韓国、中国、日本、インド、米国、ドイツ、ブラジルの大学生を対象に実施された調査によると、「未来に対する期待値」において日本は7ヵ国中唯一のマイナス返答。
イギリスの団体が20ヵ国2万人以上の若者を対象に行った幸福度の調査でも、「全体的な幸福度」をはじめ、多くの項目で最下位。
どうやら日本の若者たちは、閉塞感と孤独感に満ちた、まるで独房のような人生を生きている模様。
そこで、ヤングな日本の若者達に「絶望に打ち勝つサバイバル術」を伝授してみようという志を持ったダクトテープなのであります。
今回のテキストは佐藤優原作、伊藤潤二作画、長崎尚志脚本の漫画「憂国のラスプーチン」。
「外務省のラスプーチン」と異名をとった佐藤優氏が体験した、勾留中の出来事が描かれています。
だからもちろん主人公は佐藤氏。
ん?主人公は佐藤氏?
ダウト!
この痩せ型の青年だれよ?
佐藤優氏、こういうフォルム(オブラート)じゃない!と思った方もおいででしょう。
しかし、これは辻加護が高額納税者リストに載って話題になった2002年当時の出来事。
そして賢明な読者諸君なら覚えておいでだろう、2002年の「鈴木宗男事件」を!
そう、「ムネオハウス」のことを!
2002年にインターネットで大ブームを起こした音楽ムーブメント。
アシッドハウスの名曲が多数生まれたあの時代・・・それが「ムネオハウス」!
ではなく。
「鈴木宗男事件」とは、2002年、当時衆議院議員であった鈴木宗男氏が関わったとされる北方領土の人道支援事業にまつわる一連の汚職事件のこと。
ムルアカ氏とか、覚えてるでしょ?
この事件の関係者として佐藤氏も取り調べを受け、500日以上に渡って勾留されたのです。
そして、この頃の佐藤氏は、漫画のように今よりも大分すっきりしたフォルムだったのです。
勾留されている間、彼を襲ったのは、恐ろしい孤独と絶望。
社会から切り離され、周囲に対する疑念を植え付けられ、時に甘い言葉をささやかれ、自尊心をくすぐられたり踏みにじったりされながら、主人公は検察官によって追い詰められていきます。
ぶっちゃけ、洗脳とか精神的拷問の手法ですわ、これ。
ある時、ふと鏡を見る機会に恵まれた主人公。
(ここでは鏡なんて機会に恵まれなくては見ることもないわけなんですが)
鏡を見た彼は、果てた自らの容貌に愕然とします。
鏡に映っていたのは、紛れもない凶悪な犯罪者の顔だったのです。
伊藤先生の腕が冴えるコマだったりもします。
(というか、全巻通していつびょーんとしたり、穴が無数に空いたり、ぐるぐるしたり、ざわわっとなったりするのかと思うと気が気じゃないコマが続き、自分が読んでる漫画のジャンルがわからなくなる・・・褒めてます。あ、3巻で本当にびょーんとします)
犯罪者のような容貌になり果てるほど、精神的に追いつめられていた主人公。
しかし彼は、ほぼほぼ精神的拷問を受け続けて絶望的な状況にあっても、孤独の中でとことん信念を貫き、逆に検察官を弱らせてしまうほどでした。
一体、その強さはどこから来ているのでしょう。
ひとつ、重要なポイントは、彼がクリスチャンであること。
佐藤氏は幼少時からの敬虔なクリスチャンであり、大学および大学院で神学を修めた神学修士です。
宗教を持っているというのは、単純に拠りどころとなるべきバックボーンがしっかりしているということ。
さらに「祈り」にはポジティブな脳内物質の分泌を促す働きがあるという説もあり、非常な強みになると言えるのです。
宗教お強い。
例えば、キリスト教のいわゆる十二使徒は、殉教オールスターズ。
バルトロマイという聖人は、皮剥ぎの刑で殉教。
そのお友達のフィリポも、石打ちの刑で殉教。
マティアなんてね、石打ちからさらに斧で斬首されて殉教。やめてあげて。
みんな死をも厭わない覚悟完了半端ないわけです。
ほらね、宗教お強い。
佐藤氏も、彼自身のためよりも、鈴木宗男氏をはじめ彼が信じるもののためにただならぬ忍耐力を見せ、プロトコールでもって鈴木宗男氏より先に勾留されて迎え後から出ることを良しとしていました。
十二使徒ばりに覚悟完了済みだったのかもしれません。
クリスチャン佐藤氏、お強い。
こういった宗教というベースが彼にあることは、大きな前提です。
ですが、もうひとつ、重要そうなポイントがありました。
食事です。
作中、何度か主人公の日記からの抜粋というかたちで、勾留中の食事の紹介があります。
・ある日の夕食メニュー
「ビーフカレー、シーフードサラダ(エビ、イカ、グリーンアスパラ)、福神漬け、ヨーグルトドリンク。
一流ホテルのカフェ並みの味! ☆☆☆」
・ある日の朝食メニュー
「麦飯、うなぎ蒲焼き、はるさめサラダ、ふりかけ、味噌汁。
朝からうなぎとは贅沢! ☆☆☆」
また、差し入れにリンゴを要求したり、夜食に出たイチゴジャムつきの食パンを、腕を上げて「うまーい!」と声に出して食べるなど、食を楽しむ姿勢が強く見られます。
これはいわゆる「マインドフルネス」的な食事であると言えそうです。
「マインドフルネス」とは、今なう自分に起きている外的/内的な出来事に全身全霊で注意を向け、すべてを受け入れる、瞑想っぽいかんじのプログラム。
エグゼクティブな人々のメンタルケアや、ストレス対策として知られています。
その「マインドフルネス」のコーチで意識高い系の人に大人気のソレン・ゴードハマー氏の著書によると、食事を大切にすることで「マインドフルネス」のエクササイズになるといいます。
以下引用。
・食べる前に、五感を働かせる。食べ物の形や色をよく見てみよう。匂いもかごう。サンドイッチなど手で食べるものならば、手に持ったときの感触も意識するといい。そのほかにも、これから食べようとしている食べ物に対して、いろいろと五感を働かせてみよう。
・できるかぎり意識的に食べ物を噛み、味わう。風味を感じとろう。噛んでいるあいだ、フォークやサンドイッチをいったんテーブルに置いておくのもいいだろう。口に入れたものをすべて飲み込んでから、次の食べ物を口に入れよう。
・栄養源として、生きるためのエネルギー源として、食べ物を喜んで食べる。
(「シンプル・ライフ 世界のエグゼクティブに学ぶストレスフリーな働き方」著者: ソレン・ゴードハマー)
つまり、食事を楽しむことで、脳により多くの満足感を送り込むことができると言うわけです。
味覚というのは舌で味わうものと思われがちですが、舌はセンサーであって実際に味を分析して感じているのは脳。
つまり、食事は脳と密接な関係にあり、五感を使って食べることはさまざまな脳の部位を刺激し活性化させる行為なのです。
食事をおいしいと感じて食べることによって、
・脳により多くの満足感を与え、ストレスを軽減する
・脳に刺激を与え活性化させる
という効果が期待できます。
精神的拷問は、ストレスを与え続け、脳を疲弊させるもの。
食事は単調な勾留中の生活において貴重なストレス対策であり、また刺激であり、食材を細かく意識しその味を楽しんで食べることは、精神的拷問とも言える検察官の取り調べを耐え抜くためのサバイバル法になっていたと考えられます。
孤独、虚無、疑念、疲労・・・
日々の生活の中で、これら絶望的な状況に置かれてしまったとき。
もしも、食事をすることができたなら、その食事を深く意識して楽しもうではありませんか、若者よ。
食事をおいしく食べること、そんなサバイバルもあるのです。
そして、青酸カリ盛られても平然としリボルバーでぶち抜かれても立ち上がったラスプーチンがごとく生き抜いて、この国を支えて欲しいのです。
サバイバルポイント
「うわっ、なにこれ、うまっ!えっ?めっちゃうまいんだけど、やばくねこれ?なんなの?」
みたいな感じで食事を楽しめれば、絶望のどん底からも這い上がれる。